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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)571号 判決 1976年4月22日

被控訴人 中栄信用金庫

理由

一、落合建材が控訴人主張のころ事実上倒産したことは当事者間に争いがなく、当審における控訴人代表者尋問の結果とこれによつて真正に成立したことが認められる甲第四号証の一ないし一一によれば、控訴人は落合建材に対してその主張のとおりの手形債権を有していたことが認められ、右事実によれば、控訴人は落合建材に代位してその権利を行使しうる適格があるものということができる。

二、次に落合建材が右倒産のころ被控訴人に対して控訴人主張のとおりの預金債権を有していたことは当事者間に争いがない。これに対し、被控訴人は、右預金債権は相殺により消滅したと主張するので、以下この点について判断する。

1  《証拠》によれば、被控訴人は、昭和四八年四月二一日、落合建材に対し、後記認定の債権をもつて右預金債権と対当額で相殺する旨の意思表示を発したことが認められる。もつとも、右意思表示が落合建材に到達したことを明らかにした証拠はなく、《証拠》によれば、落合建材の倒産直後その代表者一家が行方不明になつたため連絡がとれなくなつていたことが認められるから、右意思表示は現実には落合建材に到達していないものと推認するに難くない。しかしながら、《証拠》によれば、落合建材と被控訴人との間では、昭和四四年五月から手形貸付、手形割引その他の継続的な金融取引関係があつたところ、落合建材は、右取引において、商号、代表者、住所その他の届出事項に変更があつたときは直ちに書面で届出るものとし、右届出を怠つたため被控訴人からなされる通知または送付された書類等が到達しなかつた場合には、それが通常到達すべき時期に到達したものとされても異議がない旨を約定していたことが認められ(右約定の存在は当事者間に争いがない)、しかも右約定の効力を左右すべき事情もみあたらないから、倒産当時における落合建材の住所が被控訴人の事務所と同一市内にあつたことからみて、相殺の意思表示は遅くともこれを発した日の数日後には落合建材に到達し、効力を生じたものとみるべきである。

2  《証拠》によると被控訴人は落合建材に対し前記信用取引によりその主張のとおりの約束手形の割引をなしその合計額は一二、三七三、四六七円に達していたことが認められるところ、控訴人は、前示相殺の自働債権となつたのは被控訴人の落合建材に対する右の割引手形債権であることを前提として、右手形のうちには満期に適法な呈示がないものや被控訴人が所持していないものが含まれていると主張する。そして、前記乙第二号証の相殺通知書に自働債権として「割引手形債権のうち」としたうえ支払期日と金額が列挙表示されているところからすると、自働債権となつたのは、右主張のとおり、被控訴人が落合建材に対して有する割引手形債権すなわち裏書人としての落合建材に対する償還請求権であると解する余地がないではない。しかしながら、前記《証拠》によれば、落合建材と被控訴人間の金融取引においては、落合建材が手形交換所の取引停止処分を受けたときはその振出し、裏書き等をした全部の手形について通知、催告がなくとも当然に手形面記載の金額の買戻債務を負い直ちに弁済する旨の約定がなされていたところ、落合建材は昭和四七年一一月四日取引停止処分を受けたことが認められるから、被控訴人は、落合建材に対し、右取引停止処分と同時に落合建材が裏書人となつている前記割引手形の全部について手形金相当額の買戻請求権を取得していたことが明らかである。そのうえ、《証拠》によれば、相殺に供された債権額の中には、手形金の大部分の支払を受けたため相殺前にすでに振出人に返還して被控訴人において所持していなかつた手形の残金や手形面には記載されていない割引料が含まれており、しかもこれらの金額は被控訴人が所持する手形に基づいてではなく割引手形に関する備付の帳簿に基づいて集計されたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、自働債権となつたのは、手形債権たる裏書人に対する償還請求権ではなく、割引手形につき前記金融取引契約によつて生じた買戻請求権及び期日から完済になる日までの利息たる割引料債権であると認めるのが相当である。乙第二号証の相殺通知書には、前記のとおり割引手形債権なる文言が用いられてはいるが、自働債権として掲げられた債権総額は、基礎となつた手形の額面合計を上回るもので、右のような割引料(相殺通知書ではこれを利息として表示している)をも含むことが明らかであり、手形債権に限定する趣旨は認められないから、自働債権となつたのは手形債権そのものではなく割引手形についての買戻請求権及び割引料債権であると解したからといつて、その特定に欠けるところはないというべきである。

したがつて、買戻請求権発生の基礎となつた手形について、被控訴人がこれを所持していないか満期に適法な呈示をしていないとしても、相殺を妨げるべき事情とはならないから、控訴人の主張は前提を欠き失当といわなければならない。

3  控訴人は、被控訴人が自働債権を行使することは信義則に反するとの主張をするが、かかる事情を認めうべき証拠はない。

三、そうとすれば、被控訴人がした相殺の意思表示は有効であつて、控訴人主張の預金債権はこれによつて消滅したことになるから、その支払を求める本訴請求は理由がないことに帰着する。

よつて、控訴人の右請求を棄却した原判決は正当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 兼子徹夫 太田豊)

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